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012鹿児島暴徒省像略伝                

 

大蘇芳年                   国立国会図書館 蔵

 

御届明治十年六月 日

板元 森本須三郎 浅草瓦町二番地

画工 月岡米次郎 南金六町十四番地

彫工 弥太良

 

右図:池上四郎・桐野利秋・淵辺高照

中図:西郷小平・西郷隆盛・村田新八

左図:町田啓次郎・前原一格・篠原国幹

 

池上四郎ハ鹿児島の士族にして武勇の人たり西郷と倶に熊本に出張し一方乃将として各所に戦ひ官兵と抗撃せしも御舟の敗走に重痍を負ひ割腹して果てしとぞ
桐野利秋ハ鹿児島の人始め姓を中村といふ人となり強壮にして武に長ず維新の際軍に従ひ屢々大功あるを以て追々登進し遂に陸軍少将に挙げらる始め西郷と其中和せず征韓論發りて(おこりて)西郷と論を同じうするを以て無二の黨(とう)となり隆盛職を辞る際倶に辞して帰國なし遂に今回の暴動に及びしとぞ
淵邊高照ハ悍強にして武に達し戊辰以来各所の戦場を經て功あるを以て一度官に進みしも頑固にして方向を違へ西郷桐野等と熊本に出兵し士卒を指揮する㕝(事)手足の如く之がため官軍苦戦する事数度されど久しく天兵に抗ずる㕝をえんや
西郷小兵ハ文武に達し頗る才器あり暴徒等出軍の前熊本城を陥るの戦略を述ると雖隆盛之を用ひず兵ハ名を先にす我大軍を師(ひきい)て東上すと声言せバ熊本の如きハ風を望んで潰散せむと云ひたりしと後小平ハ熊本にて戦死なしたり
西郷隆盛ハ吉之助と称す其才非凡にして和漢の学に通ず嘗て尊攘の説を称へ交りを四方に結び艱難を經て終に幕府を仆(たお)し王政を復古なす其功莫太なるを以て正三位陸軍の大将に挙らる然るに征韓論の用いられざるを以て職を辞して帰國なし暴徒の巨魁となつて千歳に悪名残す惜かな
村田新八ハ鹿児島の士人戊辰の際功あるを以て官途に進み且洋行して兵を学び帰朝の後西郷と倶に辞職して國にかへり今回暴徒の一将として各所に於天兵と抗戦す
町田啓次郎ハ旧佐土原藩知事の三男たり西郷兵を挙るを聞佐土原始め延岡飫肥高鍋等の士族を煽動して自ら将となり薩兵と倶に熊本一操出し蟷斧をあげて天兵と抗戦す
前原一格ハ長州の士族前原一誠の末弟たり兄一誠捕縛のをり薩州に潜みしが今回の暴挙を幸ひとし熊本に出張し我姓名を白布に書(かきとめ)したるを襷にかけいつも真先に進む勇戦なすとぞ
篠原國幹ハ鹿児島の士族たり其性温和にして文武に長ず嘗て勤王の志し深く各所に戦功あり維新の後陸軍少将を拝命せしが退て帰國なす兼て隆盛と無二の友たり西郷㕝(事)を議すに先國幹と計り意快(けつ)して後桐野村田等に話すといふ今回暴徒先鉾の将として肥後熊本に出張し熊城を囲み猶植木田原坂に攻撃し吉次越の戦ひに炮玉に中りて落命す
應需大蘇芳年

 

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メモ

池上四郎は城山にて自刃。池上四郎貞固年譜にくわしい。

 

桐野西郷と其中和せず(え!本当ですか?)


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