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050鹿児島新畫之内 熊本縣田原坂撃戦之圖        

 

梅堂国政                 国立国会図書館 蔵

 

明治十年四月五日御届

版元 深瀬亀治郎 深川富吉町五番地

画工 竹内榮久  長谷川町二十四番地

 

右図:西郷隆盛・村田新八・朝錦寅吉・村田三助・男山新吉・朝日山市五郎

中図:前原一格・桐野利秋

左図:野津少将・畑伊右衛門・警視隊

 

一時動揺なせし鹿児島縣の暴士族明治十歳二月の頃賊魁西郷桐野篠原村田等を始め申して数千の勢にて熊本近傍へ押出し屢(しばしば)開戦に及官軍之に應戦なして日々乃戦功は電報にて知られたり諸軍員終(ついに)力えて頓て(やがて)鎮撫凱歌乃時も近きにあたらん

梅堂 榮久識

 

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メモ

 官軍が電報で状況を把握していた事をよく示す記事である。開戦初期から官軍の行動は素早く、その背景には既に熊本ー東京間で開通していた電信が有効に使用されたという事がある。戦闘中薩軍は電信手を見つけるや優先して攻撃し、電信設備は破壊した。包囲で電信網を寸断された熊本城との連絡は難しかったようであるが、前線と旅団本営の間において、また、熊本前線と東京政府の間は電信が有効に使われていたようだ。薩軍の背後を突いて八代に衝背軍を上陸させた官軍は間もなく熊本城を開放する。

 

 電信に関連する作品

070西海暴動電信紀聞 〔神風連の輩種田政明少将の私邸を襲う〕

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