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S039鹿児嶋電報雙雄血戰之圖


応需 大蘇芳年             静岡県立中央図書館 蔵


出版御届 明治十年十一月廿日

大倉孫兵衛 一ノ六日本橋通一町目十九バンチ

月岡米治郎 一ノ九丸屋町五番地

彫銀

左下欄外にかけて三四四の文字


右図 桐野利秋、彫銀

中図 西郷隆盛、陸軍中尉兼三等大警部 安村治孝、彫銀

左図 別府新助、逸見十郎太、弟子丸應助、彫銀


 頃ハ明治十年九月二十四日の沸暁より官軍各旅團兵大挙して城山の賊巣目がけ大小銃砲打立打立攻登るにここかしこの塁へきにこもりたる賊兵ら死物狂に打出るを旅團の精兵物ともせすけつ戦なすほどに素より賊ハだん丸にとぼしく殊に兵糧つきてき◯◯に迫り一げき一退つひにさうくづれと成ッて敗走するに官軍るゐをぬきばくぜん賊将のはたもとまでしんげきせり此時東伏見少将がいんそつ隊中安村某ハかねて賊将の面をみしれバ彼を生捕てこう名せんとまッさきに賊営に至るおり西郷隆盛ハ官軍四方をかこみ今ハのがるるみちなけれバイデヤさいごの一戰に討死せんと桐のべッ所へん見かつら池上等のぞく将ひとしく官軍のよるをなぎ立打立出没自在のはたらきを彼安村某ハはやくもみとめ正しく隆盛ござんなれと飛かかりむづと組西郷必死の血せん安村が血きのわんりょく既に組ふせられんとするおり暴生徒五六名はせ来り安村めがけて切付たりその間に隆もりハこがけをくだりて逃去たり安村むねんのはがみに落たるピストルて早く分捕り未だ遠くハ落まじ跡追かけはせゆきけり

 

静岡県立中央図書館での分類は

 

請求記号 K915-108-039-038
画題(題名) 鹿児島電報双雄血戦之図
絵師(画工名) 応需大蘇芳年印(芳年):月岡米治郎
版元 大倉孫兵衛
出版年 明治10年11月20日届(1877)
員数 3枚続
版型 大判
彩色 錦絵
資料名 上村翁旧蔵浮世絵集(39)
カテゴリ /浮世絵/31集~40集/39集-芳年 

 このページの画像は静岡県立中央図書館のデジタルデータを利用して構成している。また、データに関しては東京大学史料編纂所錦絵データベースを参考にした。

 

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安村治孝とは?

陸軍中尉兼三等大警部 安村治孝とは、

 

宮城集治監物語」

 http://blogs.yahoo.co.jp/siba772000jp/509523.html

 

から引用させていただくと、「錦絵には薩軍総大将西郷隆盛の首を討ち取った英雄として安村中尉が描かれている。当時の読売新聞は安村の活躍を次のように報道している『・・城山の戦いの祭に追い詰められた賊軍を砲撃している時、安村中尉は身を挺して躍進し西郷目掛けて組み付きたるが、その際に流れ弾が西郷の腰を貫き更に安村の右足を貫き以って共倒れとなり、安村は西郷の拳銃をもぎ取る』」

とあり、官軍の英雄の一人であった。その後、安村は明治16年に西南の役の国事犯(政治犯)が収容されてもいた宮城集治監の典獄として着任している。

 当時、10種類以上も制作されたという安村関連の錦絵のうち「西郷首実験の図」が、宮城刑務所の職員の手によって古物屋で偶然見つかるエピソードも面白い。

 

詳しくは [西郷首実験之図仙台で発見 をご覧下さい。

上記のブログ主催者様から画像を提供していただいた。

PC001賊魁ノ首級實検之圖」である。是非ご覧ください。床上に生首が据えられている生々しい絵である。

2015/4/4



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