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小林 永濯

作品数 5点(2017年8月11日現在)

小林 永濯 こばやし えいたく

 

028西郷隆盛大軍ヲ引率シ肥後国熊本城ヲ陥ト安政橋ニ到所城兵モ討テ出両軍於橋上ニ大激戦ニ及之図

029高瀬口大進撃之図 

030鹿児島軍記 八代口激戦之図

031鹿児嶋紀聞之内 保田ヶ窪一帯の戦

S051鹿児嶋記聞

 

天保14年3月23日(1843年4月22日) - 明治23年(1890年)5月27日)

 

 江戸時代から明治時代にかけての浮世絵師、日本画家。

狩野永悳(えいとく)の門人。名は徳直。俗称は秀次郎。永濯の他に、永躍、永瑞、霞堂、永洲、鮮斎、夢魚、梅花堂と号す。日本橋新場の魚問屋、三浦屋吉三郎の子として生まれた。生まれつき病弱で潔癖性なため、魚に触れたがらず独り絵筆に親しんだという。安政2年(1855年)13歳の時、中橋狩野家の狩野永悳に就いて狩野派の絵を学び、認められて徳宣の名と永濯の号を与えられる。18歳の時、近江国(現・滋賀県)彦根藩井伊家のお抱え絵師・石井永珉の養子となる話がきたが、桜田門外の変により中止になってしまう。次いで一時期は同門で、姫路藩の御用絵師でもあった狩野永洲の養子となっている。元治元年(1864年)官を退き、日本橋通町に画室を構える。この頃、百鬼夜行の錦絵版下を描いたため、狩野派の中で問題となり、明治3年(1870年)頃から浮世絵に転向する。この時永濯は、河鍋暁斎と親交を持っており、暁斎が永濯をかばって面倒を見たといわれる。飯島虚心によると、永濯は暁斎の数少ない友人の一人で、常に画法を論じ合っていたという。

 明治4年(1871年)に、杉並区堀の内の妙法寺に寄進した絵馬「加藤清正武将図」は、5枚つなぎの板に、極彩色で金箔を引いた大作である。これは、清正が座って兜を置いて、鎧を着る所を描いたものであり、右手には、開いた扇を持っている。明治7年(1874年)頃から挿絵の制作が活発化している事から、絵師としての地位も確立されたことが推定できる。明治9年(1876年)永濯が両国中村楼で書画会を開いた際の新聞記事には、「浮世絵では東京一の大先生の会だけに賑やか」だったと書かれている。続けて西南戦争の錦絵、新聞の挿絵、『鮮斎永濯画譜』、『永濯漫画』、『万物雛形画譜』、『近世紀聞』、『明治太平記』などの絵本の他、狂画、肉筆画を手がけた。明治10年(1877年)の第一回内国勧業博覧会に「天照大神、素戔嗚尊、問答」と「神武天皇命鳥ノ図」を出品し花紋賞を受賞、更に明治18年(1885年)鑑画会第一回大会に「僧祐天夢に不動を見る図」で一等賞を受賞する。また、明治20年(1887年)には、新吉原灯籠の会において、月岡芳年と一緒に灯籠に歴史画を描いている。

 永濯の絵は狩野派で修行しただけあって、その技量はとてもしっかりしている。しかし、永濯は狩野派の粉本主義に飽きたらず、西洋の写実を取り入れ、明画の筆意を会得し、写真を利用し、新鮮味を出すことを心がけた。和漢と西洋の技法が一体となった永濯の作品は、丁寧で上品な気分が漂う。明治23年持病の肺病により没す。享年48。墓所は、世田谷区松原の正法寺。法名・大行院徳宣釈永秀居士。

 門人に、養子となった小林永興の他、富岡永洗、村田永耀らがいる。明治35年(1902年)永濯十三回忌に、亀戸天神境内に「鮮斎永濯碑銘」が建てられた。永濯の作品は現在確認されている以外にも、海外に多数存在すると言われている。

作品

 

錦絵

「各種新聞図解」

「小学入門教授図解」

「鹿児島紀聞之内」

 

肉筆浮世絵 

「桜下遊女の図」 絹本着色 双幅 浮世絵太田記念美術館所蔵

「加藤清正武将図」 板地着色 杉並区妙法寺所蔵 明治4年10月

「黄石公張良図」 1幅 東京国立博物館所蔵 明治7年頃

「湯上がり浴衣美人」

「遊女図」 絹本着色 1幅 大英博物館所蔵

「祝賀図」 絹本着色 1幅 バーデン=ヴュルテンベルク州立リンデン       民族学博物館所蔵(ベルツコレクション)

「道真天拝山祈祷の図」 綿布・墨、膠彩、水彩 1幅 ボストン美術館        明治7-19年頃

「美人愛猫図」 紙本着色 東京国立博物館所蔵 晩年の作

 

小林永濯  2011年7月24日 (日) 15:33 UTCの版 ウィキペディア日本語版

http://ja.wikipedia.org/wiki/小林永濯

 

 

作品数 5点(2017年8月11日現在)

No.

タイトル

出版日時

カテゴリー

所蔵

版元

1

S051鹿児嶋記聞

1877/03/01

西南戦争

錦絵

静岡県立中央

図書館

小林

鉄次郎

2

029高瀬口大進撃之図 

1877/03/30

西南戦争

錦絵

国会図書館

小林

鉄次郎

3

031鹿児嶋紀聞之内

 保田ヶ窪一帯の戦

1877/05/09

西南戦争

錦絵

国会図書館

辻岡文助

4

028西郷隆盛大軍ヲ引率シ

肥後国熊本城ヲ陥ト安政橋ニ到所城兵モ討テ出両軍於橋上ニ

大激戦ニ及之図

1877/09/09

西南戦争

錦絵

国会図書館

福田

熊次郎

5

030鹿児島軍記

 八代口激戦之図

1877/00/00

西南戦争

錦絵

国会図書館

舩津

忠次郎


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